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反転授業 [教育について]

日本の小学校で反転授業をやった話を見た。

教育とICT オンライン
先進事例で知る 情報化で変わる学び 2013年12月5日
「国内初、小学校での「反転授業」が子供にもたらしたもの」
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20131203/1113963/

いやいや、驚いた。これを本当に実践したとは。
内容ではなく,家庭環境などを思って,子どもたちが本当に予習してこられるか?という意味では手放しでは喜べなくて,ごく特殊な事例だとは思うけれど、何が素晴らしいって、予習用に渡したビデオのサイズ。

どうやら「2,3分」のものらしい。それを担任の先生が作ったと。

これは素晴らしい。手間はかかるだろうけれど、絶対に必要だと思っているので。それを担当の教師が自分で準備しなくては、その後のディスカッションの質が向上しない。

この報告をよく読むと、気になる点もある。

 アメリカと比べると、先生の専門性は日本の方が上です。日本の先生は、ただ一斉授業をするのでなく、その中で子供たちにインタラクションをさせるという、職人芸的な授業をしています。  アメリカは、教師とそれ以外の職業の流動性が高いので、教師から別の職業に転職する人や、その逆の人が少なくありません。そこで、何年も修行しなければできないような特別な授業をすることよりも、マニュアル化されたキットを用意して、普通のスキルを持っている先生なら誰でも授業ができるようにする、というところに重点が置かれています。

前にも書いたように、アメリカの教員のレベルは決して高くない(こちらをクリック。 下の注も参照)。だからこの手のものは広がりやすいし効果も出やすい。しかし今のわが国ではメリットは限定的だ。もし日本で導入するならば、その授業を担当する教師が自ら作ることに意味があると思う。そうすれば非常にいい効果が出るだろう。この報告にも

ですから、市販の教材をポンと持ってくればよいかというと、それは疑問です。先生にとっても、市販の教材を子供たちに投げるだけというのでは、“自分の授業を奪われていく”感がぬぐえませんし。

とある。ちょっと「奪われていく」は性善説過ぎると思う。「楽だ、ラッキー」になりそうな気がする。だから

全国から授業力の高い先生を集めて、その先生の授業ビデオをパッケージ化してみるのはどうでしょうか。その先生とティームティーチングをするような形なら、現場の先生にも受け入れられやすいかもしれません。あとは、自分たちで作ったビデオを学校の中で共有して、ブラッシュアップさせていくという方法もあるでしょう。


というあたりも、慎重にしなくてはならないと思う。学習者に単純な技能を身につけさせるだけならばこれでもいいと思うが、深く掘り下げることが反転授業の目的だとすれば、やはり授業担当の教員が作るべきだと思う。だから

教師にこれを作る時間を与えてくれ。もちろん勤務時間内にだ
今上がっている話は逆のようだが(ここからジャンプ)。

俄然、やる気が出てきた。来年やってみようかな。大学生相手だったら少しアレンジしたほうがいいかな。解説ビデオををWebサイトに挙げておいて、予習させてそのノートの一部のコピーを出させてあとはディスカッション形式をメインにする。

ちなみに我々数学屋さんはみんなこれで鍛えられてきたんだよね、自ら予習してきて、ゼミ形式で先生の前でしゃべって、叱られて。

注: アメリカではKhanアカデミーのビデオが予習用として使われているようですけど、はっきり言って授業としてのレベルは低いです。日本の多くの小学校で先生方がやっている授業のほうがはるかにレベルは高いですので、お間違いないように。

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それが実態 [教育について]

数日前に呆れて書いた話。

「インパール作戦だよ,これ。」
http://takuya-sobukawa.blog.so-net.ne.jp/2013-10-29

ここで取り上げた,財務省関連から出てきた話の中に
教師は一般事務職に比べて給料が高い、だから一般並みに下げる
というのがあった。全く呆れたのだが,その呆れた理由の詳細についてわざわざまとめてあったサイトを見てしまった。

教職に意欲のある若者もこのサイトを見るかもしれない。そういう人たちの意欲を削ぐ可能性もあるので少しためらわれるが,現実は現実。むしろ待遇改善を叫んだ方がいい。日教組は長年くだらないことに意欲を燃やしてきたようだが,これこそが日教組の取り組むべき仕事である。

【教員の現実】公的ブラック企業『教職』
http://matome.naver.jp/odai/2137160915054702001


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コロッセオ [自分の生き方]

ローマのコロッセオに行ったことは何回かある。

そこで何が行われていたかについては,よく知られているのでもう述べない。

昔からネットの炎上系には加わらないようにしている。自分の記事が炎上するほどキョーレツ(笑)なことは書いていないようで,残念ながら(?)炎上したこともない。

この生き方について確認すべき記事を読んだ。

まつたけのブログ
自分は観客だと思っている人たち2013-12-02

そうそう。特にネット上はみんながプレーヤーなんだ。そこを認識しなくてはならないが,人間の認識はそこまで行くのが難しい。自分の部屋でモニターを前にしているだけでは,単なる観客になってしまうのは,身体感覚からして当然のこと。自分の肉体では実現できないようなスピードで移動することができる車の運転と同じで,人間にとって不自然なことをするのだから,それなりの教育が必要である。もちろん麻薬としての性質もある。

こうなってしまうのは,もしかしたら人間の本能的なものかもしれない。

○ 車の運転が怖いという人はむしろ感覚として正常。
○ 麻薬は一度経験してしまったら極度の「快感」にまた戻りたいとする本能が表に出てしまうから,1回たりとも使ってはならない。
○ ネット上でみられるこのようなひどい発言も,動物としての闘争本能をむき出しにして快感を得ている。

このブログでは,同じシリーズのこちらで,次のように述べられている。

人間としての弱さなのも甘えなのもわかっているけど、自分がつきあう人間は慎重に吟味したい。


萎んでいく話なので少々悲しいが,こういう気持ちになるのはわかる。弱さだの甘えだのと卑下することはないと思う。文明社会に生きる人間としては当然のことだ。

だが一方で自分は,希望的観測を胸に抱きながら,こういうことが減っていくように社会に訴えかけていく。教育の仕事はそれが可能な仕事だ。


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困った無邪気さ [社会の問題について]

このところ,困った法律が国会で審議されている。

それに対してずいぶん激しい抗議活動がなされているようだ。その昔,当時幼児だった晋三ちゃんが信介おじいちゃんのまえで「アンポ,ハンタイ」と練り歩いて苦笑された話からすると大人しいかもしれないが,まあ近年では割と強烈な動きだ。

そこで,自民党・石破茂氏(現・幹事長)のブログ発言が取りざたされていた。
その激しい抗議活動について「テロと考えの根っこが同じだ」というようなことを書いたらしい。

この発言を見ていても,またこの法案を主管する担当大臣の答弁を聴いていても,私にはこの人たちは自分たちが歴史的に重要なポジションにいるということがわかっていないように見える。たとえば
機密指定するのは○○と○○と○○のジャンルに限ると明記してある。だから役人はそれ以外のことを機密指定するはずがない
などという担当大臣の答弁を聴いたが,こういうのを

  お花畑

というのだ。もし世間を欺くためにこう強弁しているならまだ良し。反対派にも存在意義がある。しかし見ているとどうも本気でそう考えているように見えるのだ。

百歩譲って,今は内閣も役人もすべてそう思っているとしよう。だがそれが将来一人歩きをする可能性がないと言えるのか。

石破氏の発言にしても,実は認識としては正しいと私は思う。だがこの無邪気な発言がそのうちすべてのデモ活動を禁止するような暗黒社会へつながらないと言えるのだろうか。

彼らは自分たちが歴史の1ページを作っていることをもっと認識すべきだと思う。彼らの無邪気すぎる発言には大いなる不安を感じてしまう。

石破氏については,その正論をぶつところは支持できるのだが,この無邪気な発言にはがっかりした。

それでも石破茂を応援するのか 
http://takuya-sobukawa.blog.so-net.ne.jp/2013-07-20

やはり石破茂を応援する
http://takuya-sobukawa.blog.so-net.ne.jp/2009-09-07

付記: 今現在(2013.12.9)にしては遅いかもしれないが,以下の記事を見つけた。さすがは冷泉彰彦氏。この冷静な分析。

Newsweek 日本版 プリンストン発 日本/アメリカ新時代 2013.12.3
特定秘密保護法案、絶叫ではなく議論が必要なら、その中身は?
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/12/post-608.php


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