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プレゼンテーションのあり方 [教育について]

例えば京都の町で,ずいぶんいい年齢の,身なりもオシャレとはほど遠く,髪などにも余り構っていないような,しかも何だかわからない暗号のような会話をするおじさんの集団がいたら,それは数学者の集団だと思え,という話がある。

責任転嫁ではないが,これを私に初めて言ったのは,我が同僚の体育哲学のS教授である。痛いところを突かれたようにも思う。

これが笑い話になるかどうかは別として,いわゆる数学者という人種は,学問以外のことに無頓着な人が多いのは確かかもしれない。かの偉大な岡潔先生にもたくさんのエピソードが知られている。それぐらいでないと立派な数学の業績は得られないという意見もある。まあ何でもいい。数学者の世界では新しい数学を作った人だけが偉いのだ。

しかしそうは言っても1つだけ困ることがある。それは学会等での講演だ。決められた時間の中で要領よくその本筋を語る人も大勢いるが,一方で何を言っているのかわからない人もある。数学も内容が細分化・深化しているので,専門を外れるとほとんどわからないという状況になるのは良くあることなのだが,それほど専門から遠くない話でしかも十分に時間があっても,何を言っているのかわからない講演というのが良くある。そんな彼らは,すばらしい数学が出来たのだし,あとはちゃんと論文として公表するからそれで良いではないかというわけだ。私も数学者の端に加えてもらっているのでそれを諒としたいが,自分の周辺の学生はそんな状態で人前には出さないようにしたいと思っている。

運の良いことに,我が岡山大学教育学部が加わっている,兵庫教育大学大学院連合学校教育研究科(博士課程)の学生教育特別プログラムの一環として,博士1年生の共同研究を指導する機会を平成20,21年度に得た。これは構成4大学(兵庫教育,岡山の他に,上越教育大と鳴門教育大が入る)ごとに1つのテーマで1年間研究して年度末に発表するというものである。所属大学ごとに区切るので,全くジャンルの違う学生の集団(初年度は,英語,公民,生物,心理,化学,音楽療法の6名,2年目は心理,美術の2名)であり,それに1つのテーマで研究させるのはなかなか大変だったが,横断的な見方をするのには良い機会だったと思う。

この研究は何回かのテレビ会議による発表会を重ね,最終発表会は合宿講義で行われた。そのときの発表の仕方について学生さんたちと話しているうちに,これはある程度の統一的にプレゼンテーションの仕方を教えるべきではないかという考えに至り,そのためのメモ書きを公開していた。

ところで先般,ひょんなことからこんな本を読んでしまった。


スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則

  • 作者: カーマイン・ガロ
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2010/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



そもそもこういうビジネス系のマニュアルっぽい本を読むことは好きではない私が,結構つまんない理由でこれを手にした。その理由は聞かないでいただきたい。読んでみて目新しい話があったわけではないが,私が我流で築いてきたプレゼンテーションの仕方が,こういう世界中から注目される人と同じように組み立てられていたことはうれしくなった。

これから,前述のメモの流れに沿って,曽布川流の学会プレゼンテーションの仕方について述べる。それほど大きくない「学会」での発表を想定,そこでは次の「メディア」をもちいて研究発表がなされると仮定しよう。
  1. 口頭発表(発言)
  2. 掲示物(スライド・板書など)
  3. 発表用配布物(数枚程度のプリントなど)
  4. 論文(講演録など) 分野によって多少異なるが,一応これは最終版なので,特に今回の話とは切り離す。

これらについて,それぞれ気をつけるべきことについて述べる。

1.口頭発表(発言)


発表の大半には時間制限がある。自分が発表したいと思う内容をすべて網羅することは難しいケースがほとんどであろう。短い時間に早口ですべてを納めることはしゃべっている方は気分が良いのかもしれないが,聞かされる側にとっては苦痛以外の何者でもない。

口頭発表で考えなくてはならないのは次の3つである。
(1) 誰を対象にして話すか

何らかのレベルで理解してもらうことが目的であるとすれば,聴衆の状況について把握することが必要であろう。自分と近い分野の専門の研究者ばかりであれば予備知識も豊富だろうし,いきなり専門用語で本題を話すべきだろうし,一般聴衆の場合には状況設定や用語の意味から説明しなくてはならないだろう。もちろん聴衆のレベルの分布が広く,全員に対応することが出来ないケースもある。そのときには「どういう人に対して話しをするか」という設定が必要になるだろう。

(2) 何を話すか

研究の内容についてすべてを発表する時間がとれないとき,ある一部分に絞り込んで発表するケースも考えられる。3の「配布物」とも関連するが,全部を網羅的に話しても薄まってしまって印象に残りにくい可能性がある。せっかく時間をもらうのだから,深く印象づけなくては意味がない。むしろ重要なポイント,興味を持ってもらえそうなポイントなどに絞って発表した方が良い場合も多い。

2. 掲示物(スライド,板書など)


分野によっては学会発表といっても口頭でズラズラしゃべるだけという形が主流であるところはまだたくさんあるようである。もちろんそれが悪いとは言い切れないが,内容の伝達効率は良くないのではないかと思ってしまう。やはり何らかのものを見せながら話をする方が聞く方は聞きやすいように思う。


しかしどんなものでもいいというわけではない。曽布川がこれまで見た中で「悪いスライド」の例を2つ挙げる。

●悪いスライドの例(1)論文を読め

一番ひどかったのは,自分の書いた欧文論文をそのままスライドに映したケース。
あちこちにアンダーラインが引いてあったりするのだが,そもそも見せられた文章をそこで読まなくてはならない。
そこで読むぐらいなら,最初から論文のコピーを配れば済むのであって,特にその場に集まる必要もない。
それを聞いて興味を持つぐらいなら最初から論文を読むのだから,その講演自体の存在価値はない。

●悪いスライドの例(2)思い切りたくさんのシート

分野や内容によるとは思うが,スライドシート1ページが10秒ぐらいしか提示されず,
10分間で100ページ近くのスライドが飛び交ったケース。
ほとんどの人には何もわからないまま時間だけが過ぎていくが,しゃべった本人は上手く行ったと自己満足。

スライドで絵や写真,図表を提示するのは良いことではあるが,数を制限するという発想が必要である。
次々出てくるだけでは,結局何が言いたかったのか論点がわからなくなることがある。

口頭発表との関係については色々な意見があるとは思うが,一般には

術語などを用いた論理関係の明確化

を目指せばいいと思う。場合によっては「論文の見出し」をそのまま提示することもいいだろうし,フローチャートのようなものになるのも良いだろう。 この際気をつけなくてはいけないのは,見る側がそれを十分に味わう時間を取る必要があるということである。 さらに,これはジョブズの話にも出てくることだが,最初からPowerPointなどのツールを使って準備をするべきでないと思う。なぜならば,こうしたソフトで良く表現できるような思考パターンに偏ってしまって,学問本体が歪なモノになりかねないからである(だから曽布川はPowerPointが嫌い)。 その点で意外に良いのは

黒板に書きながら話す

である。最近はパワーポイントなどのソフトウエアを使ってコンピュータ画面を提示することが主であるが,それでも教育現場で黒板&チョークが廃れないのは,作るのが面倒だからというだけではない。時間がかかるのは欠点と思われがちだが,逆にそれがメリットになることもある。

3. 配布物(数枚程度のプリントなど)

これもまた個人的な主義であるが,講演のときに配布する資料は,

家に帰ってから読んでもらう

ためのものだと考えている。多くの場合,自分と完全に興味の一致する聴衆は少ない。 講演において何らかのインパクトが与えられれば,帰ってからもう一度見返してくれるだろう。 そのときに読んで話しが通るようにするのが「当日配付資料」だと思っている。もちろんその場でメモを取るために使ってもらっても良いとは思う。そしてその段階でさらに興味を持った人は,論文そのもののコピーを要求したり,直接議論をしようということになるだろう。 紙幅が可能な限り参考文献などをつけるのが望ましい。

4. 特別な使い方--口頭発言vs提示物vs配布物--

内容によって,また状況によって色々であるが,掲示物と配布物を絡めて使うこともありうる。 たとえば掲示物は多少厳密性を犠牲にしても易しくわかりやすい内容にし, 配布物には精確に記述する。そして「説明は易しい特殊ケースに限定しますが,詳しくはお手元の資料をご覧下さい」とする。 やってはいけないのは,配布物をそのまま掲示すること。それなら掲示物を作る必要はない。前を向かせることが掲示物の存在意義であり,それによって自分の話に引き込むのがよい。

終わりに

このくらいのことは常識なのかもしれないが,それが出来ていない学会発表も多い。数学もそうだが,数学教育の学会などでもそう感じることがあった。お互いにせっかく集まる学会の場なのだから,楽しく有意義な場にしたいと思うのは私だけではあるまい。(了)


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