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ロッシーニ「セビリアの理髪師」(Narodni Divadlo) [2000音楽三昧 in Praha]

ロッシーニ「セビリアの理髪師」(2000年12月6日(水)Narodni Divadlo)


 プラハに来て8ヶ月,本当にオペラ三昧をしてきたが,その最後にこの名作を観るチャンスに恵まれた.しかもたまたま連絡してみると,倉敷出身のソプラノ歌手・慶児道代さんが主役級で出演することもわかった.このオペラハウスとももうお別れだが,その最後には良い思い出になるだろう,と楽しみにして出かけていったのであった.

 このオペラは序曲が有名である.しかし少なくとも私は中のアリアやバレエなどで知っている部分はない.だが面白い,笑えて楽しめるオペラとして歴史に輝くものである.まずはそうしたこのオペラ,そしてここ Narodni Divadlo の演出などについて語りたい.いや,語りたいのだが,一晩経ってこの感想を書こうとすると,これを語ることはできない.なぜなら,あまりにも色々なことが盛りだくさんだからだ.もうこの日が49回目の公演だからある程度ネタを出しても良いだろう.ステージは手前から奥に向かって「菱形に」傾斜が作ってある.一番手前はステージからオケ・ピットにはみ出していて,そこにはボーリングのピンのような杭で柵が作ってある.序曲が始まるとすぐに幕が開く.そして道化たちのバレエだ.いや,バレエというよりもパントマイムと言うべきだろう.特に「何を意味するか」など考えずに観て面白い.装置は積み木を積んだようなセットで,高いところから通路が出来ていて,そこから人が登場する.中央には,よく公園の砂場にあるような「積み木のおうち」みたいなのがあって,そのなかには電子ピアノが据えてある.ロッシーニは随分ロマンティックだが,時代は思ったより古く,チェンバロの通奏低音でレシタティーヴォが結構あるのだ.そのチェンバロの代わりにする.しかもそのチェンバロ奏者も道化の一員として,舞台に出入りしたり,登場人物にちょっかいを出したり,という「役」を持っている.どこまでがロッシーニの書いたものかよく知らないが,この「道化」は最初から最後までこのオペラの「楽しめる」部分を大いに作り出していた.また,アルマヴィーヴァ伯爵の恋のアリアなどはギター伴奏で,もちろんピットではギターで弾いているのだが(位置取りがいいらしく,とてもよく聞こえる),舞台上ではその道化の1人が「スーザフォン」「ユーフォニウム」を抱え,ギターをつま弾く仕草をする.このスーザフォンは2本舞台で使われていて,他にも色々と面白い,妙な役割を担う.本当に「金管文化」の豊かなところらしい.雷の音,雨の音,など録音系の効果音が絡んだり,いろいろと盛りだくさんで,ぼんやり観ているだけでも飽きることはなかったと思う.

 さて,演奏である.この日の指揮は先日「スペードの女王」をみたF.Preisler だった.ちゃんとやっている.指揮ぶりも良いように見えた.だが相変わらず無愛想だ.そして随分妙なところでジェスチャーが大きい.まあちゃんとやっている,という感じだっただろうか.オケも好演.すこし打楽器が不細工だったがまあ愛嬌か.出来ればチェンバロは電子ピアノではなくて生チェンバロでやった方が良かっただろう.音量的に物足りないからということなのかも知れないが,私には逆にうるさすぎた.歌手陣ではBartolo の B.Marsik が好演.終演後にちょっと会ったのだが,本当におなかの出たおじちゃん,もう年齢は65歳ぐらいだそうだが,立派な声と余裕のあるステージは,とても楽しませてもらった.この日のメンバーは他にもフィガロの J.Kubik, フィオレロの P.Cervinka, バシリオの L.Vele と,これまで何度か見て比較的良い印象を持った人ばかりだった.席がこれまであまり座ったことがなかった平戸間で頭の上を声が素通りしていったらしく,少し歌のイメージが違ったが,まあそれは場所のせいだろう.

 そうした立派な歌手陣を従えてのこの日のプリマは慶児(けいこ)道代さんである.まず,私はああしたタイプの歌手・声が好きなのだろう.思い切り太いドラマティックな声ではないが,芯の通った明瞭な声,そして正確な発音.ロッシーニの他のものそうなのだろうが,モーツァルトと同様にめまぐるしく動く譜面を,その譜面がちゃんと聞き取れるように歌っていく.生本番だからミスはもちろんあるのだが,聞いて譜面を書き取ることが出来て,そしてその上でミスがわかるというのは,とてもレベルが高いと思った.

 彼女の役どころのロジーナは村一番の美女である.日本人だからもちろんまわりよりは肌の色が黄色いのだが,出来ればあんなに赤い髪のカツラではなくて,もっと茶色がかった色にすべきだっただろう.これは衣装・メーク担当の選択ミスである.彼女は歌だけでなくて演技もとても良かったと思う.日本人の顔だからどうしても平面的に見えるのだが,逆にステージ上では顔の表情の変化がよくわかる.それを縦横無尽に(というのは変だが)使っていた.こうした諧謔的な演目のプリマとしても相応しいと思われた.おそらく,彼女はこれからどんどん人気が出ていくだろう.

 終演後,またお会いして色々と話を聞かせていただく機会を得ることが出来た.彼女はこの日の演奏については大いに不満だったようである.確かにアンサンブル,特にアカペラでのアンサンブルが最高だったかと聞かれれば「No」,いやここチェコでは「no=ano=Yes」だから,「ne」と言うべきか.だが人々の声はそれぞれにきちんと音程があり,声質的にはよく合っていた.ハーモニーには問題があったが,練習すればよく聞こえるだろうとおもった.まあプロなんだから,その合わせをやってから本番に来いとは思うのだが,もっとひどいものもたくさんあるので,私が聞いた中で比較すると上位にランクされる.だがそれでは納得がいかないという話だ.もちろん本場にいるのだから,世界最高レベルを見てそれを目指すのは当たり前であるが,こうした話を聞きながら,日本ではそうした向上心のない音楽家が,それでものうのうと自分のポジションを保つことが出来るのは,全く貧しい話で残念であると思った.

 こうして私のプラハでのオペラ三昧は幕を閉じたのであった.

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