SSブログ

W.マルサリス作曲「All Rise」 (欧州初演) [2000音楽三昧 in Praha]

W.マルサリス作曲「All Rise」 (欧州初演)を見てきた。

V.Valek&チェコ・フィル,W.マルサリス&Lincoln Center Jazz Orch,Morgan State U. Chor,(2000.10.6 in ルドルフィヌム・ドヴォルザークホール)

 私の感想記シリーズで,他の催しは,奏者と場所,曲目はおまけ,という表示をした.しかしこれはそういうことができない.何しろ全部書いたら長い.普通はそれでも○○他としてごまかすのだが,実際に聞いて見たらそういうことが不可能であることがわかったからなのである.

 ウィントン・マルサリスはJazzトランペットの大スターである.今回プログラムを見て,1961年生まれだと見て驚いたのだが.彼はジャズはもちろんすごいのだが,それ以外にクラシックの曲のレコーディングをたくさんしている.確かに上手い.ラッパのサウンドがクラシックだというには少し流麗すぎる気がするし,節回しの端々にコマーシャルミュージックの匂いがするが,普段の土壌がでるから仕方がないとしよう.今回初めて知ったのだが,彼は音楽学校の先生であった父親から専門的な教育を受けているそうだ.道理でクラシックの素養が深いわけだ.数年前にNHKでやっていた,小沢征爾とのジョイントで作った番組などは,彼の素養の深さと音楽の豊かさを知るいい機会であった.今回は彼の新作をやるというので,チェコ・フィルのチケットとしては破格の1枚1400Kcも出して,聴きに行ったのであった.

 演奏者について述べよう.指揮はチェコ・フィルの終身指揮者の Vaclav Valek さんである.実はチェコ・フィルの生演奏を聴くのは初めてなのだが,そのことについてはまた後で述べる.言うまでもなく,世界最高峰の指揮者・オーケストラの組み合わせである.Lincoln Center は,NYフィルやメトロポリタン歌劇場がある,NYの1つの「地区」というべきだろう.Lincoln Center Jazz Orchestra は「そこの Resident Orch として一番若い」と表されていたが,そこを本拠にするジャズオーケストラであり,W.マルサリスはその「音楽監督」のような立場である.普通のビッグバンド,Sax 5,Tb 3, Tp 4, Pf, Dr, Bass という編成である.本番が始まる前にステージで音出しをしているのを聞いたが,みんな柔らかくてよく通る音である.Morgan State Univ. Chor は文字通り大学の合唱団としかわからないが,驚いたのは,ステージの後ろ,客席としても使うことができるであろう2階部分に入場してきた彼らのすべてが黒人系の人々であった.プログラムに依れば「復活」とか「第九」なんてのもちろんレパートリーに入っているが広いジャンルに・・・とある.総計100人ぐらいの混声4部合唱である.

 曲の構成について述べよう.全部で12曲の構成になっている.4曲ずつまとまっていて,3つの部分の間には休憩を入れる.ちょうどブルースが4小節ずつ3つの楽節から構成されているのと同じだ,そうだ.8時から始まったコンサートは11時に終演となったから,長いことは確かである.私の貧しい音楽の知識では残念ながらこの曲に類するものはない.曲のボリュームとしては,中ぐらいの交響曲を3曲である.それぞれに起承転結とは言わないがそれぞれの部分に流れがあり,4曲ごとに満足感が得られ,3部の最後にそれが統合されるというものである.テキストとしては,マーラーの「復活」とバッハのロ短調ミサ曲を融合させ,それをジャズ&ゴスペル&黒人霊歌で支えたようなもの,とでも言ってみようか.しかしこうした表現は作曲者に対して全く失礼であると思う.それほどスケールの大きな構成であった.

 サウンド構成と演奏について思ったこと,印象を述べよう.W.マルサリス作曲,というとどういう印象を人々が持つのか知らないが,クラシック・オケのサウンドはプロコフィエフ風あり,バッハのフーガ風あり,J.ウィリアムズの映画音楽風あり,という融合した感じのサウンドである.ジャズバンドは普通のサウンド.しかし耳障りな感じが少なく,どちらかというと柔らかいサウンドでばっちりスイングし,その中に時々「バリッ」と雑音を「混ぜている」ようなサウンドである.片方はマルサリスが譜面に書いたこと,もう片方は彼が作り上げたサウンドである.合唱団は,私は合唱界には詳しくないが,よく聞くような9thコード系のサウンドが多用されている.黒人霊歌・ブルース・ジャズ,そしてそれらの融合であるところのゴスペルが基本.黒人系であることもあってこの合唱団のサウンド作りはめちゃくちゃ上手いのだが,そうでないクラシック風の合唱も,またそれらのつなぎ方も,譜面,演奏共に素晴らしいものであった.そしてこれらがあるときは全く別々に,またある時は一緒に,またあるときは部分的に融合して色々なサウンドを織りなしていた.だから,「Valek&チェコフィル」「マルサリスと彼のバンド」「合唱団」のどれもが必要不可欠であったしどれもが主役であった.

 曲の歴史と背景について.曲の歴史を書くのは簡単である.1999年末,NYにて初演,今回プラハでヨーロッパ初演.プログラムを見ると,元々は,NYフィルの音楽監督として手腕をふるってきたK.マズアがマルサリスに会ったときに書くことを勧めた,とある.マルサリス自身は述べている.

「20世紀はCommunication の世紀だった.21世紀は Integration の世紀になるであろう」

いくら私の専門だからといって,Integration を「積分」などと言ってはいけません(笑).日本語で近い概念としては融合,というようなことでしょう.そこから納得できることであるが,何曲か,ジャズバンドメンバーが打楽器を持って,日本の太鼓のようなリズムを刻んでいた.もちろんその中からアフリカのような要素も聞こえるし,プログラムに依ればオーストラリアの要素なども取り入れているそうである.初演はK.マズア指揮NYフィルと,あとは同じメンバー.実際,マルサリス自身がたくさんのアドリブソロをとっており,なかなかその代わりを取れる人はいない.しかしモーツァルトの作品だって生前はそういわれていたはずだから,何らかの形で今後も演奏はされるだろうし,そうあって欲しいのだが.

 曲のテキストについては今ここで述べることはしない.コンサートのプログラム(パンフレット)に書いてあることを翻訳すればいいのだが,その余裕はないし,私の浅い理解での翻訳は原作の良さを損ねる可能性があるので控えたい.だが,黒人霊歌・ブルースの根底に流れているもの--黒人たちの背負ってきた悲しく辛い歴史,そして直面する現実,そこからはい上がりたい,幸福を求める,そして全世界にそれを広めたい,そういう彼らの気持ちが熱く燃えたぎるような曲であったと思う.

 全体のエンディングはジャズバンド(New Orlians Marching band)とコーラス(Gospel)だけである.とても難しいシンコペーションをピッタリ合わせるためもあってそれまで譜面を見ていた合唱団が,突然全員譜面を閉じた.そして彼らの心の音楽,ゴスペルを歌い出した.もちろん全員の体がスウィングしている.はっきり聞き取れないが,歌詞がそういう内容なんだろう,同じところで全員が自然に手が動く.一般に100人の合唱団が大きいとは必ずしも言えないのだが,その熱い響きはホールの全員を魅了した.もちろんその部分では「完全な休符」であった V.Valek やオケのメンバーまでも.それがこの曲の題「All Rise」であると思う.

 アンコールはもちろん最後の曲 I am (Don't you run from me) である.アンコールではW.マルサリスがまずソロをとり,リズム隊(ピアノ,ベース,ドラム)がつける普通のカルテットで始まった.そしてTrb,バリサク,ピアノと移り,続いてそのソリストと同等に,そしてもっとも強烈に印象深いソロ(と言いたい)をとったのが合唱であった.そしてまたマルサリス,そして・・・

 お客さんの反応は,最初はみんな肩肘張って聞いていたようだった.そして反応の仕方もよくわかっていないようだった.時々,「100%ジャズバンド」が入るのだが,例えばウィントンがソロをとっていても,みんな硬くなっている.ついつい足で拍子をとったら,隣のおっさんににらまれた.おいおいそういう曲じゃないぞ,ここは.だが逆に,普通のジャズよろしく,ソロに対して演奏中でもどんどん拍手を入れてしまうのは,この曲の場合だけは演奏を壊していた.それはだめよーん.でもそれをリードしていたとおぼしき人も,演奏の後半ではそれをやめていたようだった.一方で,「合唱団が」ノリノリのジャズに盛り上がっていて,お客さんはそれにリードされているようだった.いくらヨーロッパ屈指のジャズの街プラハでも,ドヴォルザーク・ホールに来るような人はあんまりジャズを知らないんだろうか.しかし曲が曲だけに,明るく舞い上がって終わるのがそのテキストであるだけに,最後はみんなになじんでいたようだった.

 ジャズの業界の連中に言わせると,お前は本物じゃない,という人もいるのだが,私はジャズもクラシックも両方をやっていて,どちらにも興味があるので,素晴らしいものを見せてもらったという気がした.W.マルサリスは音楽史に名を残す人なのかも知れないと思った.奇しくも,私のラッパの師匠が言っていた言葉を思い出した.「20世紀は指揮者の世紀だった.だが21世紀は奏者(楽器奏者や歌手)の世紀ではないか」.

おまけ・初チェコ・フィル

 チェコ・フィルを生で聴いたのは初めて.すごいオケだとは思っていたが,その実は.

 曲がすごかったので何とも言えない部分があるのだが,確かにすごいオケだ.特に弦,ホルンセクションは惚れる人がいるのがわかる.他のセクションも素晴らしい.来週は「普通の」プログラムに行くので楽しみだ.だが1つはっきりわかったことは,ここのTrbは私の本当の好みのサウンドではないということだった.

 こんなもんじゃこの日の興奮は書ききれない.だが書き換えをしてみようと思っても,その日の興奮は思い出すものの,詳細はもう思い出すことが出来ない.どこかでCDで発売されないだろうか.(2000.12.19)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。