他人の立場に立つこと [自分の生き方]
最も苦手なことについて書こうと思う。
絵を描くのも下手だし、字も下手。球技は好きだが鉄棒は苦手。
いやいやそんなことではない。それは「他人の立場に立って考えること」である。
自己啓発本のようなものが巷にあふれている。それを手にとってため息をついている人は多いだろう。それは大抵の場合、成功者が成功した記録であり、
「努力と研鑽を積んだ結果、周囲の人間の協力が得られ、幸運が舞い込んできた」
というようなものだからである。
私も運良くこの商売をしているわけで、周囲の協力と幸運は得られたわけだ。そんなわけでついつい「成功者の歴史を語ってしまう」ことになっていることはわかっている。
私は自己啓発本のようなものはバカにして見ないのだが、今回たまたま友人が貸してくれるという話題の本を読んで、そんな風にしてため息をついた。
若い気鋭の日本史研究者の本である。自分より一回り以上も若い研究者に対する嫉妬かと言われればその通りなのだが、読んでいて途中でイヤになってしまった。特にいかにしていい講義を提供し、それが学生に評価されたかという話は、読んでいてひどい反発心を感じた。
著者はこれまでなかった視点から日本史研究に切り込み、その成果を活かしながら素晴らしい講義を実践をしているのだということはわかる。それに到るまでに並々ならぬ努力をしていることもわかる。さらに、大学学部時代は数学が(その一つの)専攻であったが、大きな出会いがあって日本史研究の分野に移って成功していることもすごいと思う。
方や自分は、いつまでもちまちまとショボい数学をやっている。細かいことは相当に手を入れているとしても、結局旧態依然とした数学を学生に講じている。残念ながらその枠組みを変えることは不可能と言っていいだろう。ハーバードの学生のように、「難しいことに敢えてチャレンジしよう」などという気持ちは全くなく、「出来れば逃げたい」と思っている学生に対して、高校までに彼らが培ってきたものの考え方を根こそぎ揺るがすような内容である。全国でこの内容を諦めている大学がたくさんあるところを、「必修科目だ」という強制力を持って何とか教室に縛り付けて講じているような状況だ。もっともその結果、自分の周囲では学生は立派な教員になって社会に出て行っているのだが。
その強制力すら効かなくなって、非常に空しい気持ちを感じてきている状況にいる側からすると、そんな成功譚には不愉快な気持ちすら感じる。
著者の北川氏には何の恨みもないし、何の文句もない。素晴らしいことをしておられると思う。ここで述べたいのは、私自身がこういうことを感じたことだ。
学生の指導をしようとするとき、それぞれに抱えている問題があることがわかる。それにはこちらの成功体験など何の役にも立たないばかりか、不快なものですらあるかもしれない。
そんな彼らの立場を強く感じ、改めて自分の言動を振り返るいい機会になった。
希望に燃える若い学生にはこの本はお薦めである。また、それだからと言って講義のレベルを下げることは一切しないので誤解の無いように。
記念すべき?本ブログ500本目の記事。
絵を描くのも下手だし、字も下手。球技は好きだが鉄棒は苦手。
いやいやそんなことではない。それは「他人の立場に立って考えること」である。
自己啓発本のようなものが巷にあふれている。それを手にとってため息をついている人は多いだろう。それは大抵の場合、成功者が成功した記録であり、
「努力と研鑽を積んだ結果、周囲の人間の協力が得られ、幸運が舞い込んできた」
というようなものだからである。
私も運良くこの商売をしているわけで、周囲の協力と幸運は得られたわけだ。そんなわけでついつい「成功者の歴史を語ってしまう」ことになっていることはわかっている。
私は自己啓発本のようなものはバカにして見ないのだが、今回たまたま友人が貸してくれるという話題の本を読んで、そんな風にしてため息をついた。
若い気鋭の日本史研究者の本である。自分より一回り以上も若い研究者に対する嫉妬かと言われればその通りなのだが、読んでいて途中でイヤになってしまった。特にいかにしていい講義を提供し、それが学生に評価されたかという話は、読んでいてひどい反発心を感じた。
著者はこれまでなかった視点から日本史研究に切り込み、その成果を活かしながら素晴らしい講義を実践をしているのだということはわかる。それに到るまでに並々ならぬ努力をしていることもわかる。さらに、大学学部時代は数学が(その一つの)専攻であったが、大きな出会いがあって日本史研究の分野に移って成功していることもすごいと思う。
方や自分は、いつまでもちまちまとショボい数学をやっている。細かいことは相当に手を入れているとしても、結局旧態依然とした数学を学生に講じている。残念ながらその枠組みを変えることは不可能と言っていいだろう。ハーバードの学生のように、「難しいことに敢えてチャレンジしよう」などという気持ちは全くなく、「出来れば逃げたい」と思っている学生に対して、高校までに彼らが培ってきたものの考え方を根こそぎ揺るがすような内容である。全国でこの内容を諦めている大学がたくさんあるところを、「必修科目だ」という強制力を持って何とか教室に縛り付けて講じているような状況だ。もっともその結果、自分の周囲では学生は立派な教員になって社会に出て行っているのだが。
その強制力すら効かなくなって、非常に空しい気持ちを感じてきている状況にいる側からすると、そんな成功譚には不愉快な気持ちすら感じる。
著者の北川氏には何の恨みもないし、何の文句もない。素晴らしいことをしておられると思う。ここで述べたいのは、私自身がこういうことを感じたことだ。
学生の指導をしようとするとき、それぞれに抱えている問題があることがわかる。それにはこちらの成功体験など何の役にも立たないばかりか、不快なものですらあるかもしれない。
そんな彼らの立場を強く感じ、改めて自分の言動を振り返るいい機会になった。
希望に燃える若い学生にはこの本はお薦めである。また、それだからと言って講義のレベルを下げることは一切しないので誤解の無いように。
- ショップ: 楽天ブックス
- 価格: 714 円
記念すべき?本ブログ500本目の記事。
2012-06-28 13:00
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0